大阪市・土佐稲荷神社

土佐藩の神社として信仰されてきた

土佐稲荷神社は、大阪市西区に位置する神社です。
その創建についてははっきりとしたことは分かっていませんが、長いこと土佐藩の藩邸敷地内に存在したことが分かっています。
そして、山内豊隆が藩主だった時に、稲荷神社を歓請し、土佐稲荷神社として名を知られるようになりました。

この神社を舞台に後の時代にはいろいろな出来事が起こりました。
たとえば、明治時代、フランスの兵隊が殺害された時に、その責めを負うために20名が切腹を命じられました。
その20名を選ぶために、この神社に男たちが集まって、くじを引いたのです。

このような歴史のストーリーがあるため、通常の参拝に来る人はもちろん、歴史に興味を持つ人もここを訪れ、昔の情景に思いを馳せながら時間を過ごしていきます。
こうした歴史との関わりも神社の楽しみ方の一つで、神社を訪れる前に、その由緒や歴史を調べるとより楽しく神社巡りができます。

古くから桜の名所として有名で多くの人が集まる

土佐稲荷神社の境内は、昔から桜が多く植えられ、きれいな花を咲かせるということで、桜の名所として有名です。
今もその美しさは変わらず、春の季節になると、華やかな雰囲気に包まれます。
野点などのイベントも行われ、花見を一層楽しみ取り組みも行われています。

花見は古代、神を崇める一つの習慣として行われていましたので、八百万の神を奉る神社で花見を行うのは至極当然で適していると言えるでしょう。

この時期には、たくさんの人々が花見に訪れ、一年の中でも人で賑わう時期となります。
夜の時間も夜桜を楽しむ人が多く、日夜を問わず明るい人の声で包まれます。
普段あまり神社に参拝に行くこともないという人も、こうした楽しい機会を活用して、神社を訪れてみるのも良いかもしれません。

日本を代表する総合企業、三菱グループゆかりの地

この土佐稲荷神社の神紋には、三菱グループのマークであるスリーダイヤが使われています。
というのも、元々土佐藩の藩邸だったこの土地は、明治時代に岩崎弥太郎のものとなり、その後ここを始まりとして、三菱グループが発展していったため、グループと関わりが深い神社となっていったからです。

このように、以前は一つの藩を支える神社として、その後は日本を代表する一大企業を守る神社として、土佐稲荷神社は歴史を歩んできました。
こうした特徴を持つ神社は比較的珍しいので、神社巡りをしている人たちに注目されています。

もちろん、地域の人々にも愛されている神社で、気軽に参拝ができるのが特徴となっています。
様々な役割を果たしている神社ということで、これからも地域において重要な役割を果たしていくことでしょう。