大阪市・神明神社

大阪神明三社に挙げられる神明神社

大阪神明三社として人々からの信仰を集める神明神社は、大阪市大正区に位置しています。
この神社がどのように始まったかについては、はっきりとしたことは記録に残っていません。
しかし、徳川家康の親族でもあった松平忠明は、大坂夏の陣に向かう途中に、この神社に立ち寄って、戦に勝てるようにとの祈願を捧げます。

その後見事に勝利を収め、松平忠明は大阪城主となるという恩賞を受けます。
このことに対する感謝と、縁起の良さからこの神社を、大阪の街の守護神とすることにします。
こうして、庶民の信仰も同時に勝ち得るようになり、大阪神明三社として挙げられるまでに、有名な神社となっていきました。

その後、ずっと人々の安全を守る氏神様として人々に慕われてきましたが、太平洋戦争の際に、空襲によって社殿が焼失してしまうという目に遭います。
しかし、その後なんとか神社を再建しようとする人々の思いが実り、戦後に立て直され現在の姿を保っています。

様々な顔を持つ街中の神社

神明神社は、歴史を通じていろいろな出来事に遭遇してきましたので、様々な顔を持っています。
まず、前述の通り、松平忠明が戦勝祈願をここでしたことにより、勝利がたぐり寄せられたことから、勝運を与える神社として知られています。
そのため、スポーツ選手を始め、受験生など勝ちを求める人がご利益を求め、参拝を行っています。

また、夜店の発祥の神社としても知られています。
その昔、この神社からずっと通りの先にまで夜店が開かれ、大変な賑わいを見せていたとされています。
その後、ここから始まった夜店が町中に広がり、多くの夜店が生まれていったようです。

また、境内の隅には、以前寄席が設けられていて、舞台が上演されていました。
このように、この神社は宗教的な活動だけでなく、芸能という面でも地域の中で重要な活動を行っていて、市民の楽しみの場となっていたのです。

毎年行われるお祭りに参加して神社の良さを感じる

どこの神社でも定期的にお祭りや行事が行われますが、それぞれの神社で独自の雰囲気や方法があり、それぞれの良さがあります。
こうした魅力は実際に参加してみないと分かりませんので、神社についてよく知るという意味からも、お祭りなどを探してその機会に訪れてみるのが一番でしょう。

この神明神社でも、毎年定期的にいくつもの行事が行われています。
たとえば、節分際では通常の豆まきなどの神事の他に、家族の名前を書き入れて奉納する人形や、車のナンバーを書く車形があり、これらをお祓いすることで、家族や運転の安全を祈願するという奉仕も行っています。

きめ細かな奉仕がこの神社の特徴で、人々から愛され信仰を受け続けている所以となっています。