和泉市・施福寺

厳しい札所、施福寺

施福寺は大阪府和泉市にあるお寺です。
西国三十三所の中でも難所札所と言われている場所でも知られています。

このように言われるのはとても険しい場所にあるためです。
距離にすると1キロメートル、時間にすると約30分も厳しい石段を登り続けることが必要であるためこのようなことが言われます。
訪れるにあたってはお参りをするというよりはハイキングをするような意気込みでいる方が良いかもしれません。

西国三十三所の中でも四番目の札所である槇尾山施福寺は別名槇尾寺とも呼ばれています。
東西約50キロメートルにわたって続く和泉山脈に位置しており、標高約600メートルもある槇尾山の山頂にあります。

古くから山岳修験の土地として栄えており、弘法大使として知られている空海も修行したという逸話が残る場所です。
その中でも特に愛染堂は空海が剃髪をした場所としても伝えられておりとても貴重なものです。

施福寺の演技は欽明天皇の勅令によって仏教が伝来して間もない6世紀ごろに行満商人(ぎょうまんしょうにん)が丈六の弥勒菩薩像をご本尊として開いたということが言われています。
これは西国三十三所の札所の中では一番札所である青岸渡寺に次ぐ二番目の古さです。

西国三十三所

西国三十三所というのは近畿地方の2府4県と岐阜県に点在する三十三箇所の観音信仰の霊場を創唱したものです。
これらの霊場を札所とした巡礼としては最も歴史があるものとされています。
現在でも多くの人がこの三十三所を巡礼しています。

33という数字は観音経と呼ばれる妙法蓮華経観世音菩薩門品第二十五に説かれている観世音菩薩が皆を救う際に33の姿に変化するという信仰に由来しています。西国三十三所の観音菩薩を巡礼参拝すると、現世で犯したあらゆる罪業が消滅して極楽往生ができると言われています。

この西国三十三所の札所の御本尊は十一面千手観音像です。
これは771年に行基の高弟であった法海上人によって作られた像であると言われています。

この像には逸話があります。
法海上人の元であるみすぼらしい僧が熱心に修行しており、修行を終えて下山する際にお寺に旅費を無心した所寺の僧に拒絶されて激しく罵られてしまいます。
修行僧はなんと情けない出家者かなと嘆き立ち去ってしまうのです。
この話を聞いた法海上人が後を追うとすでにその姿は海の上にあり周囲には紫雲がたなびいていました。

この修行僧は実は千手観音の化身だったのです。
このことを悔いた法海上人は他の僧とともに後悔をして千手観音をお祀りすることになりました。
ただし、この話で出てくる千手観音は焼失してしまっており現存するものは江戸時代に再興された御本尊です。