大阪市・生國魂神社

生國魂神社の由来

生國魂神社は大阪市天王寺区生玉町にある神社の一つです。
生國魂神社は大阪市民に愛されている神社の一つで、いくたまさんや難波大社と呼ばれ親しまれています。

大阪市内に大きく存在している生國魂神社は、大阪市にある神社の中でも歴史が古く、神武天皇が九州から難波津に到着した時に、現在の大阪城に生島大神と足島大神の両方をまつったことがきっかけといわれています。
その後豊臣秀吉が大阪城を建立することが決まり、今の生玉町に鎮座することになりました。

生國魂神社の祭神として祭られている生島大神と足島大神は国土と大地の守護神といわれています。
大地に生きる物に対する守護神として平安時代には三大社の一つといわれて、様々な人に崇拝されてきました。

生國魂神社の境内には11の社があり、その中でも鴫野神社は悪縁を断ち切りたい人にとって縁切りの神様が祭られています。
また大阪三大夏祭りとして生玉夏祭りが7月11日から12日まで行われています。

女性に人気

生國魂神社は多くの女性に人気といわれている大きな要因があります。
それが、境内の中にある鴫野神社の存在です。
鴫野神社は豊臣秀吉の側室である淀君のゆかりの神社といわれています。

女性の守護神が祭られていることから、良縁を望む人が多く訪れます。
また悪縁がなかなか自分のもいでは断ち切れないと考えている人にとっては、縁をきることで良縁に結び付くといわています。
また一願成就の御利益があるといわれ、生國魂神社の境内の一番奥にある鴫野神社にまで足を運ぶという女性が多いです。

大阪夏の三大祭り

生國魂神社の夏祭りといえば生玉夏祭りです。
毎年7月11日12日に開催され、生國魂神社周辺は多くの人でにぎわいをみせます。
生玉夏祭りは夕方から獅子舞の舞があり、その後おみこし、子供神輿、最後に枕太鼓のお練りが奉納されます。

枕太鼓では左右に激しく揺れながらも太鼓を打ち鳴らしながら行われます。
その姿は生國魂神社でしか見ることができない風景だといえます。
大阪の陸の祭りとして生玉夏祭りは平安時代から始まり、昭和の初期に全盛期を迎えました。

しかし昭和20年の空襲により焼け野原になってしまい、長い歴史の中で空白の時間ができてしまいました。
その後地域住民の熱い希望と支援があり、今再び大阪の夏の三大祭りとして多くの人で賑わう祭りへと変わりました。

そのほかにも毎年9月に行われる彦八まつりでは、上方落語協会の米沢彦八の功労をたたえて行われています。
落語会やコンサートなどが25年間続いて行われています。

落語家が常に使用する扇子を一年ごとに感謝の気持ちを込め奉納します。
これは、さらなる芸の精進を祈願して行われる扇納祭とも呼ばれています。